牡丹サンタの贈り物






立見は夢を見た。
真っ白な部屋に、一人でいた。そこがどこかも知らないけれど、目の前にいつの間にか立っていた相手を珍しそうに眺めていた。
「サンタクロースです」
そう言うのは、どう見ても牡丹だった。
確かにサンタクロースのつもりなのだろう、赤い衣装に白い縁取り。
大きな白い釦。
お揃いの三角の帽子。
ただし、眼鏡もなければ髭もない。
赤いショートパンツに大きなジャケットを羽織っているような感じだ。
細い足には光沢のある赤いブーツ。
菊菜と同じ大きな目で見上げられるその姿は、襲ってくださいといわんばかりの格好だった。
立見はそれを見て、
「克にいくらで売れるだろう、」
と思案していた。
そんな立見に牡丹は一向に気にすることはなく、
「プレゼントは何が欲しいですか?」
首を傾げて訊いてきた。
立見は少しだけ考えて、
「・・・・ピンク○ーター」
一言、答えた。
牡丹は少し考えたけれど、
「・・・それは、何ですか?」
立見は笑って、
「菊菜と遊ぶ玩具」
「おもちゃ・・・・」
目を瞬かせる牡丹に、頷いてやると、
「分かりました」
牡丹はそう言って消えた。
どこに行ったのだろう、と視線を巡らせると、立見は目を覚ました。
「・・・・・?」
起き上がって、いったい今のは何の夢だ、と考えた。

     *

菊菜は夢を見た。
真っ白な部屋に、一人でいた。
そこがどこかも知らないけれど、目の前にいつの間にか立っていた相手に驚いた。
「サンタクロースです」
そう言うのは、どう見ても牡丹だった。
赤いその通りの衣装は袖口が大きく、白のフワフワとしたファーの先から少しだけ見える手を横に、短いズボンから覗く足が寒そうに白い。小さな頃に付けていたナイトキャップのような赤いお揃いの帽子に、菊菜は驚きながらも喜んだ。
「どうしたんだ? その格好・・・可愛いな、さすが牡丹」
心から可愛いと褒める菊菜に、牡丹は少しだけ首を傾げて、
「プレゼントは何が欲しいですか?」
じっと見上げてきた。
菊菜は改めて言われて、考えていなかった、と思考を巡らせた。
「う・・・うーん、うーんと・・・えっと、なんでも・・・」
「何でも良いのは、駄目です」
相変わらず兄バカな菊菜は、本当に牡丹からなら何でも良かったのだが、慣れた弟に先回りして遮られる。
それにさらに思案顔になって、ようやく出した答えは、
「えっと・・・じゃあ、欲しいものっていうか・・・立見が、俺の言うこと聞いてくれたらいいなぁ、っていうのは?」
牡丹は苦笑するように笑う兄を暫く見つめて、
「分かりました」
牡丹はそう言って消えた。
どこに行ったのだろう、と視線を巡らせると、菊菜は目を覚ました。
「・・・・・?」
起き上がって、いったい今のは何の夢だ、と考えた。

     *

克は夢を見た。
真っ白な部屋に、一人でいた。そこがどこかも知らないけれど、目の前にいつの間にか立っていた相手に笑ってしまった。
「サンタクロースです」
そう言うのは、どう見ても牡丹だった。
襟に巻かれる真っ白なファーから覗く首も、大きな袖からこっそり見える指先、大胆に短パンから露わになった太腿。
大きなブーツが、また可愛い。
三角の衣装とお揃いの帽子を被って見上げてくるその角度に、誘っているのだろうか、と克は苦笑してしまう。
「抱きしめて膝に乗せて、悪戯を仕掛けてみたらどうなるだろう、」
と眼福なそれに妄想を膨らませていると、
「プレゼントは何が欲しいですか?」
大きな目で真っ直ぐに見上げてきた。
克は少し目を瞠って、
「・・・そんなこと、決まっているよ?」
視線を和らげた。
「何ですか?」
真剣に訊いてくる牡丹がまた、どうしようもなく可愛い、と襲いたくなってしまうのを堪えて、その鼻先に指を向けた。
「牡丹くん」
「僕?」
首を傾げるそのうなじに、吸い付いて見たい、と思いながらも克は頷いた。
「そう、牡丹くんが、欲しい。それ以外は、いらない・・・」
牡丹は一度瞬いて、
「分かりました」
そう言って消えた。
どこに行ったのだろう、と視線を巡らせると、克は目を覚ました。
「・・・・・?」
起き上がって、いったい今のは何の夢だ、と考えた。

     *

クリスマスに、牡丹は三人を前に、
「プレゼントを持ってきました」
臙脂に白いファーの縁取りのあるコートを着て立った。
それは先日、菊菜と母親と買い物に出かけて買ってもらったものだった。
並んでいるように立ち尽くしたのは、菊菜と立見、それに克である。
三人ともそれを見て瞬時に自分の夢を思い出した。
まさかな、とそれを脳裏から消しながら、牡丹が鞄から取り出したものを見つめる。
「これは、諌山先輩です。こっちは、兄さんにです」
縦長の細い箱を渡された立見と、包装されたカードのようなものを渡された菊菜は目を合わせて、
「・・・・牡丹?」
先に菊菜が冷や汗を感じながら訊いた。
「開けてもいいですよ」
あっさりと言われて、思わず二人ともその包装を解いた。
「・・・・あ? なんだコレ」
低い声を上げたのは立見が先だった。
箱の中に入っていたのは、ピンク色の玩具。
取っ手のある細長いワイヤーの先には、鈴の付いたピンク色の毛玉。
どう見ても猫じゃらしだった。
「え?!」
驚いたのは菊菜だった。
カードにはやはりカードが入っていて、それには手書きで書かれたメッセージがあった。
「お願い券」
と書いてあるそれは、子供の引換券のようだった。
「コレ何?」
声を揃えた二人に、牡丹は首を傾げて、
「欲しいもの、それだと思ったのですけど」
立見には猫じゃらし。菊菜には引換券。
「諌山先輩のは、玩具屋さんでどうしても見つからなかったので、近いようなものを見つけてそれにしました。兄さんのは、それでお願いが叶うと思ったのです。諌山先輩、叶えて上げてください」
「・・・・・・・・・・・」
二人とももう無言で表情も変えない牡丹を見つめるだけだった。
「あれは夢じゃなかったのか?!」
声にならない思いをはっきりと顔に出して、呆然としているとそれまで見守るだけだった克が、
「何を欲しがったの・・・?」
と、笑う。
立見は珍しく困惑な表情を見せて、
「・・・・玩具屋で、探したのか?」
「なかったのですけど・・・・おもちゃだって言われたのに」
そのものが見つからなかったことに少し落胆した牡丹を見て、菊菜と克が強い視線を立見に向ける。
「何を、言ったんだ?!」
「ピンク○―ター」
あっさりと口にした立見に、克は呆れた顔を見せて、一瞬何のことか分からなかった菊菜も頭の中を探してそれが何であるかを思い出した。
徐々に赤くなった顔を怒りに変えて、
「な・・・っそんなもの牡丹に頼んでどうする気だったんだよ!!」
正面から怒ってみせても、立見は何でもないように、
「お前と遊ぶつもりだった」
「あ・・・・・っ遊ぶかぁ! バカ立見!!」
それを使ってどうされるのかすぐに想像のついた行為に、菊菜は怒りを堪えきれず握った手を立見にぶつけた。
そんないちゃ付を放っておいて、克は目の前で見上げてくる牡丹に笑った。
「・・・俺にも、あるの・・・?」
「はい。用意しました」
牡丹はそう言って、コートの合わせを解いて首元を見せた。
「・・・・・・・」
そこにあったものに、克は珍しく声を失くした。
それにじゃれあっていた菊菜と立見も覗き込んで、三人三様の顔を見せる。
「僕だって言われたので、これを付けました」
そこにあったのは、赤と緑のストライプ――クリスマスカラーのリボンだった。
首に巻かれたそれは、まさにプレゼントは自身です、と言っているようだった。
「志垣さん、そんなこと言ったの?! それ、本気で頼んだの?!」
食って掛かったのは黙っていられない菊菜だ。
立見もそれと同じような目をただ注いでいるだけである。
しかし克本人はそんなこと痛くも痒くもない、と嬉しそうに笑って、
「じゃぁ・・・遠慮なく」
牡丹の手を取った。
「牡丹くん、俺も、プレゼントを用意したんだよ・・・?」
「何ですか?」
「うん、たくさん、本を注文したんだ・・・もう家に届いていると思うから、うち来る・・・?」
「はい、行きます」
あまり表情も変わらない牡丹の目が、心なしか輝いた。
「ちょっ、ちょっと、待―――」
引きとめようとした菊菜の首に、後ろから立見の腕が回った。
反対側の手には、箱から取り出した猫じゃらしが握られている。
その先でリンリン、と鳴って揺れる毛玉は、とても可愛らしかった。
が、持っている男は人の悪そうな笑みを浮かべて、
「じゃ、有難く貰ってくわ、サンキュな。牡丹」
「はい。兄さんも、その券使ってね?」
この展開に呆然としてしまう菊菜に対し、牡丹は何も不都合などない、として克の手を取っている。
立見は腕の中に菊菜を収めその猫じゃらしを振って、
「これはこれで、楽しそうだ」
と今菊菜には聴かせられない想像をしながら、克にニヤリ、と笑って、
「メリークリスマス」
立見の思考をすぐに読み取った克も、
「この外道が」
と思ったことは口にせず笑い返して、
「メリークリスマス」
と交わしてそのまま牡丹の手を引いて歩いて行った。
立見は一人取り残されたように呆然とした菊菜の手元を覗き込み、
「お願い券? 何をお願いしてくれるんだ?」
なんでも聞いてやる、と上機嫌で言う立見を、菊菜は恨めしそうに睨み上げて、ようやく口にしたのは、
「・・・・立見が酷いこと、しませんように・・・」
立見は楽しそうに笑って、猫じゃらしを揺らし鳴らしてみせた。
「お前に酷いことなんか、しねぇよ・・・たくさん、可愛がってやる」
耳元に口を寄せて、低く囁いた。
毛玉を首に触れさせて擽りながら、だ。
「ん・・・っ、なに、それ、気に入ったの?」
「ああ、気に入った。可愛いよな」
「可愛いけど・・・猫でも飼うのか?」
「飼ってるよ、可愛いのを一匹」
「え?! いつから?! 家にいるの?!」
期待を一杯に顔に表した菊菜に、立見は笑顔で答えた。
「いるよ。すげぇ、可愛いのが。うち来るか?」
「行く! 行きたい!」
走って行きそうな菊菜の手を取って、立見も歩き始めた。
それぞれに想いを馳せながら、ふと思い出した。

「・・・あの夢は、いったいなんだったんだ・・・?」

それはサンタクロースしか、知りません。


fin



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