| 腕枕 「航太郎!」 社内食堂に行こうとした背中を呼び止められて振り向くと、同僚が二人楽しそうに――航太郎にとっては嫌な――笑みを浮かべていた。 「・・・なんだよ?」 同年代の二人と並んでそのまま食堂へ向かいつつ、航太郎は警戒した声を出す。 この二人には以前思わぬところで最愛の恋人を見られてしまったのだ。 両側を固められて、 「今朝お前、右腕痛いって言ってなかったか?」 「え? ああ、もう平気だけど・・・ちょっと痺れてた感じで」 「ハネムーンパラリシスだな!」 「・・・・・はぁ?」 嬉しそうに言われ突きつけられた言葉に、航太郎は思わず眉を顰めた。 自社ビルの一階には一般客を受け付けるサロンが展開している。 そこは半分以上の人数を女子社員が占め、さらに年齢も若い。 独身男性社員が休憩中につい行ってしまうのも無理はない。 航太郎は用事がない限り行くこともないが、この二人はそこの常連になるほどだ。 そこでは若い社員が多いので最近の流行についても情報が早い。 このときもそこで何かを聞いてきたのだろう、と構えていると案の定だった。 社内食堂は広く、その隅に航太郎が座るとその向かいに二人が並んだ。 「新婚旅行で、男がよく腕が痺れて帰ってくるらしいが、それ、相手をずっと腕枕してやってたからだってさ」 「で、麻痺してるんだろ、腕が」 「・・・それでそんな名前を」 航太郎は呆れたけれど、同僚は意地悪く視線を向けてきて、 「お前、夕べずっとしてやってたんだろ」 「・・・・・・・」 航太郎は頼んだ昼食を黙って口に入れて、答えることを拒否した。 けれどそれで認めてしまっているようなものだ。 同僚二人は漸く呆れたように溜息を吐いて、 「この新婚野郎が!」 罵るのは止めなかった。 『ハネムーンパラリシス』とは、よく名付けたものだ、と航太郎も感心してしまった。 新婚気分で全てが麻痺しているのだろう。 付き合い始めてもう二桁の年月を重ねていると言うのに、未だに航太郎は深津への気持ちが衰えない。 未だ一人身の同僚には悪いとは思いつつ、これを深津に教えたらどんな顔をしてくれるだろう。 きっと、真っ赤になってしまうはずだ、と航太郎は帰ってからの楽しみが増えて、とりあえず同僚にお礼を言った。 「サンキュ、」 「はぁ?」 何の礼だ、と訝しんだ二人だけれど、航太郎の顔を見れば理解できたのかもしれない。 苦虫を噛み潰したような顔をして、やはりもう一度罵られたがすでに航太郎の思考は家に飛んでしまって、まったく響いてはいなかった。 |
fin.