| スプーン 完全に常食に戻った深津だけれど、ほとんど絶食していた状態だったのでまだきついメニューは無理かもしれない、と最近航太郎はキッチンに立つことが多い。 「あの、僕、出来ますけど・・・」 週末まで大事を取って仕事を休んでいる深津は、日中暇なようだった。 けれど航太郎は譲るつもりはない。 入院中、なにやら凄く厭な気分にさせられた。 深津自身に悪気はないと知りつつも、いや、あの先生にも悪気がないと知りつつも、それでも航太郎の機嫌が良いはずもない。 ――剃毛だって俺がしたかった。 絶対に断られるだろうことは解っていたから黙っていたけれど、深津のことに関しては本当は誰にも触れさせたくないし見せたくもない。 仕事だ、と知りつつも、裸を他の男に見せなければならないうえに――触れさせたことだって腸が煮えたぎっていたのだ。 ここ数日、残業を同僚に押し付けて早く家に帰り深津の世話をし続けていた。 「自分で、出来るのに」 恐縮しきっているのは知っているけれど、航太郎は楽しくて仕方ないのだ。 ほとんど強要する形で深津は座っているだけにさせた。 腰に手を回して、 「・・・せめて、前に戻るまでは」 覚えていた感覚を確かめると、やはり細くなっているのだ。 顔を染めて何も言えなくなる深津に笑って、今日も夕食を作る。 「深津、味見するか?」 「はい」 ソファで本を読んでいた深津の背中に声をかける。 その本についてはあまり言いたくないけれど、今は航太郎が相手をしてやれないので仕方ない、と黙認することにしていた。 コンロの前にいる航太郎のところまで素早く来るのを見ると、こっちが気になって集中していなかったのかもしれない。 鍋に作ったリゾットからは湯気があがっていて航太郎はスプーンに少し掬って深津の口許に近づけた。 シーフードのそれを深津は美味しそう、と目を細めて細く息を吹きかける。 「あ・・・美味しい」 「そうか? これでいい?」 「僕は美味しいです。航さんは?」 「俺は深津がいいなら良い」 「もう・・・」 隣のスープを温めなおそうとした航太郎に、深津がそのスプーンを取ってリゾットを掬う。 「航さんも! 食べてください!」 口許に持ってこられて、航太郎は苦笑しつつ湯気のあるそれを口に入れた。 熱いそれを飲み込んで、 「・・・美味い」 「でしょう?」 「うん、もう食う?」 「はい」 お皿を用意して、深津にはテーブルに座っているように言うとしかし、深津は持ったままのスプーンを見つめて動かない。 「深津?」 「・・・僕、今日このスプーンで食べたいです」 「・・・? なんで? 新しいの出すけど」 スープ皿を用意して首を傾げると、深津は楽しそうに微笑んで見せた。 「・・・航さんと間接キスしたの、がいい」 「・・・・・・・・・」 がしゃん、と重ねたお皿を落としそうになってしまった。 航太郎が耳を疑うように深津を見れば、そのスプーンにもう一度唇を触れさせていて、 「・・・・深津っ」 航太郎は低く睨むけれど、その顔が熱いのに自分で気付いていた。 深津は珍しいものを見た、と嬉しそうに笑ったままで、 「航さんのも、します?」 「・・・・・お前な、」 新しいスプーンを取り出した深津に、航太郎はやられた、と思いながらも諦めたように息を吐き出した。 「どうせなら、間接じゃないほうがいい」 腰を抱いて引き寄せると、深津は両手にスプーンを持ったまま、 「・・・駄目です、まだ痛いから・・・」 「お前、ここまでしといて・・・」 ふわりと笑いながら拒んだ深津に、航太郎は眉を顰めて、しかし強く出れない、と腕に抱いたまま溜息を吐いた。 ――ああクソ、俺も弱い・・・ 腕の中で本当にスプーンに口付け、笑った深津に、航太郎は諦めたのを教えるために手に力を込めた。 |
fin.