| ソファベッド 「これが良いです」 「・・・・・・これ?」 深津が示した先を、航太郎は明らかに了承しかねる表情で見た。 そのソファは今までのものより確実に小さく、航太郎の考えていたものとは遥かに違っていたのだ。 先日、ソファが壊れた。 同居し始めたときから使用しているとはいえ、汚れるなどして使えなくなるほかはあまり壊れるものではない。 けれど、壊れたのだ。 その柔らかさを保っていたスプリングがどこかが外れ、ただの大きな座布団のような状態になってしまったのだ。 座れるならそれでいいというものではなく、座れば起き上がるには困難なほど沈んでしまうのだ。 安いものではないソファは、それでも10年ほど使っただけでそこまで壊れるとは思いがたいが、思い返せばこのソファで二人がしてきた記憶といえばただ座っていただけではない。 今より若いときには情欲を抑えがたく隣の部屋のベッドまでゆくのももどかしく何度も身体を重ねた。 そんな遣い方をしているから壊れたのだ、と深津は改めて顔を赤くする。 このソファはもともと航太郎の従兄弟より同居を始めるときにとりあえず、ということで貰い受け、そのうち気に入ったものが見つかれば買い替えるという予定だった。 だが使ううちに愛着も出てくるしなにより身体に馴染む。 なにより、大きかった。航太郎が横に転がっても平気なほど大きかったのだ。 だからそこでもベッドの上のような行為も出来たのだが――休日に二人で家具屋へ出かけて、新しいソファを選ぶことにしたのだ。 もう使えないものは仕方がない。そしてまた新しく使うものを二人で選べるというのも、倦怠期を迎えない航太郎と深津にとってみれば嬉しいものだった。 必要のない限り興味のない家具ばかりだったけれど、久しぶりに訪れてみれば目新しく思いのほか楽しかった。 「お前の気に入ったのを選べよ」 そう、先に言ったのは航太郎である。 深津は航太郎が優しく、気を遣ってくれることをすでに知り尽くしていた。 いつもならそれに遠慮もして、航太郎に甘えるつもりもあって、相手の意思も尊重するのだが――今回はその言質をとって深津は気に入ったソファのひとつを指差した。 それが、今二人の目の前にあるそれである。 色は今までと同じ明るいクリーム色で、生地はオールシーズン平気な柔らかな木綿だった。 それについて、航太郎はなんの批判もない。 けれど、小さかった。 ひとり分の幅は大きくとってあるとはいえ、ツーシータのそれは二人並んで座るにはなんの問題もないが転がるにはかなり狭い。 「・・・駄目ですか」 躊躇いを正直に見せた航太郎に、深津は真っ直ぐに覗き込んだ。 訊いてはいるが、否定はさせない強さだ。 深津は深津で、ここで引けない、と意思を強くこのソファを選んだのだ。 使っていたソファが壊れた原因はほかでもない、二人の情事にある。 もともとそういう艶事を明け透けにすることを嫌う深津は、ソファですることも未だ躊躇う。 というより、真っ暗な寝室ですることも時折羞恥を覚えるのだ。 けれど始められてしまっては航太郎に慣らされた身体が先に反応してしまう。 それでも、出来るだけそんな状況は避けたい、と深津は今回先手を打ってみたのだ。 「・・・・これが、いいのか?」 航太郎も選べ、と言った手前他のものがいいと言い出せない状況だった。 強い深津の視線を受けてその意図を理解するが、簡単に諦めたくないと往生際悪くもう一度訊く。 しかしそれに深津はこっくり、と頷いて、 「はい、これがいいです」 「・・・・・・」 素直な視線を受けて、航太郎はすぐに返事が出来ない。 新しいソファは少し値が張っても頑丈で大きくて、もう簡単には壊れないものを――と思っていたのだ。 もちろん、深津の意思とは逆に新しくなったソファでもその性能を試そうと今から考えニヤついていたのだが、それを先に封じられた。 航太郎はベッドの上でも嫌ではないが、ソファの上で――というより、落ち着かない場所でする情事が好きだった。 性格に異常性があるわけではなく、ただいつも以上に羞恥を見せる深津が可愛く、そしてそこから箍が外れたときはいつも以上に航太郎を魅了してくれるのだ。 それを密かな楽しみとしていたのだが、今はっきりとそれが嫌だ、と言われたような気がして航太郎は声が出なかった。 「航さん?」 「う・・・あ、ああ」 黙り込んだ航太郎を訝しんだ深津に覗き込まれて、航太郎は慌てて目を瞬かせる。 そんな航太郎の手を取って深津はそのソファに腰を下ろす。 「ほら、航さん、座ってください?」 柔らかなそれはなんの悲鳴も上げず、ふわりと深津を受け入れる。 航太郎は硬い身体でぎこちなく勧められるままにその隣に座りながら、 「・・・ね? 気持ち良いでしょう?」 「・・・・・っ」 座り心地も、値段としても妥当なところだった。 だが航太郎が息を飲んだのはそこではない。 「航さん、これ、欲しい・・・」 少し視線の下がった場所から見上げられるように囁かれて、航太郎は理性を総動員させた。 そんな目で、そんな声で言うな、と叫びたかった。 ここは家具屋で家のソファではない。 周囲には休日と言うこともあってか客も多いし購入を決めそうな二人を店員が見守っている。 「・・・っはぁ―――っ」 航太郎は頭を抱えて、その気持ちを逃がすように大きく息を吐き出す。 深津の考えは解かっている。 「・・・お前、卑怯だぞ・・・っ」 いったいどこでそんなことを覚えたんだ、と航太郎は低く呟いた。 もちろん、自分に甘い航太郎を知り尽くしている深津はにっこりと微笑んで、 「航さんのせいに決まってるじゃないですか」 「・・・・・」 航太郎は30を超えても相変わらず綺麗という形容詞が似合う恋人を前に、惚れたほうの負けだ、と了承の意味を込めて溜息と同時に頷くことしか出来なかった。 買うと決めてからは、航太郎は手早かった。 素早く精算を済ませて運び込む日時も決めて段取りを付けてから深津を急かすように家具屋を出たのだ。 「航さん・・・?」 今日は久しぶりに重なった休日で、ソファを選んだあとで外食の予定を立てていたのだが、航太郎の選ぶ道は帰路のものだ。 それに首を傾げて見上げれば、熱の篭った視線で睨み下ろされた。 「あんなに煽れて、大人しくしていられるはずないだろうが」 「え・・・っ」 「自分のせいじゃないなんて言わせないからな。きっちり、責任を取ってもらうぞ」 「・・・う、」 深津は赤く染まった顔を固まらせて、しかし何も返すことが出来なかった。 確かに、卑怯だと思いながら煽ったのは事実なのだ。 だが、こんな結果になるとは考えてもいなかった。 「早く帰るぞ。でないと、玄関でがっつくからな」 「・・・・・っ」 低く、熱い声で囁かれて、深津は自分の体温が上がるのを感じた。 自業自得。 航太郎に今日はそう感じさせようと思っていたのに―― 深津は詰めの甘い自分に溜息を吐いて、玄関では嫌だ、と歩調を航太郎に合わせたのだった。 |
fin.