| *この作品は未来淳良様のHP「小説工房未来亭」内にあります「Classic ROSE」に連載されている 「気絶するほど悩ましい」とリンクしています。 時間軸は、 気絶〜1 → 気絶〜2 → 気絶〜3 → 棘 → チェリー → 気絶〜4 → 蜜 → 気絶〜5 の順に進んでいます。 バラの蜜 入院中、お風呂に入れなかった深津が、その身体を看護士に拭いてもらっていた、ということを知って先に怒ったのは航太郎だった。 その時に、きっと通常では素直に見せてもらえない場所も見てみよう、と邪なことも考えていたのに、と拗ねてみた。 もちろん、そう言って素直に見せてくれるはずもないので仕方ない、と抜糸が済んだら注意してくれた先生の教えに従って優しく――いつも優しいつもりなのだが――するつもりだった。 けれど、退院の日に迎えに来た航太郎にその用意を済ませて待っていた深津は、誰が見ても怒っていた。 「深津?」 何をそんなに怒っているのか、と不思議に思いながらも、怒ると言うより眉根を寄せて唇を結んで心なしか赤い顔は拗ねているようで、これはこれで可愛いな、と航太郎は不謹慎にもその表情も楽しんだ。 ただじっと睨んでくる顔を見ていると、どうも病室ということを忘れて後ろのベッドに倒してしまいそうになるので、航太郎は視線を動かして深津の足元に置かれた紙袋を覗いた。 「これも持って帰るのか?」 深津の身の回りのものは、初日にROSEの人間が用意してくれたこともあって、私物は少ない。 雑誌と、本が数冊そこにある。 著者は全て同じで、航太郎は先日それを目にしたことがあった。 この病院に押しかけたとき、美形の外人、という形容詞がぴったりな相手が航太郎の言葉も立て板に水の状態で読んでいたものだからだ。 「・・・はい、面白かったので」 その時、航太郎にも薦められたけれど推理小説が読めないのでスルーしていたのだが、どうやら深津にも薦めていたらしい。 入院中の暇潰しかと思ったけれど、深津はかなり嵌ったようで既刊を集めたい、とまで言っていた。 表情を硬くしたまま一応は答えた深津に、航太郎はとりあえず退院の手続きをした。 かなりお世話になったので、深津を執刀してくれた相手にも挨拶すると、いつ見ても整った顔で、にこやかに送り出してくれた。 挨拶をしたけれど、やはり深津は視線を合わせようとしないままどこか俯きがちで、航太郎はどこか釈然としないながらも久しぶりに二人で家に帰った。 その家に着くなり、深津はそれまで溜めていた怒りを吐き出すように航太郎に向かって、 「い、伊集院さんに、聞いて知ってたんでしょう?!」 「え? 先生に? なにを――」 聞き返しかけて、航太郎は深津が何を言いたいのか、何を知ったのかが判った。 航太郎は顔を背けて舌打ちを隠しながら、守秘義務ってのがないのか、と美形の医師を思い浮かべたけれど、元々人の意見を聞かないと言うか自分の言いたいことを押し通すというような天才肌、と言う言葉がぴったりな相手には自分と常識が違うのかもしれない、と思い直した。 「は・・・っはず、恥ずかし、かったんですから・・・っ」 ぎゅっと握った拳が震えているのに気付いて、航太郎は困った顔を向けて、 「うん、悪い。俺が悪かった。だからあんまり力入れるなよ、傷、痛くないのか?」 「いっ痛くないです!」 怒りで痛みが麻痺しているのかもしれない。 術後に麻酔が取れると身動ぎするのも笑うことも痛がっていたのだ。 それを思うとそんなにすぐに痛みがなくなるものだとは思えない。 この状態だと身体を見せろ、と言っても素直になるとも思えないし、もちろん抱くことも口付けをすることも許してくれないかもしれない。 しかしもう、ケンカはしたくない。 航太郎は深く息を吐いて頑なに震える深津の身体を腕に抱きこんだ。 そしてもう頼むから怒らないでくれ、と自分の非を認めて、 「ごめん、悪戯が過ぎた――本当、悪かった」 深津の身体から力を抜くように、ぎゅっと抱きしめるとようやく怒りを静める気になったのか細いからだから力が抜けたのが解る。 数日、まともに食事をしてないせいで――盲腸だったのだから仕方ないけれど――ますます痩せたように思う。 こんな状態ではいくら航太郎でもがっつきたいと思う気持ちも萎んでしまう。 それでも腕の中にいることを確かめて安堵して、 「しないから」 「え?」 「お前が、しても大丈夫、って思うまで、我慢する」 何を、とは言わなくても解るはずだ。 その件について深津が怒っているのだから。 「抜糸して、普通に生活して、全然痛くなくなって大丈夫って思ったら、教えてくれ」 「・・・・・えっ」 「それまで、待ってるから」 「・・・・・あっあの! それ、じゃ・・・っ」 腕の中の深津が今度は慌てたのが解る。 神妙な声をさせながら、その理由を航太郎は解っていた。 身体を重ねたいけれど、深津が同じ気持ちになるまで待つ、と言ったのだ。 深津から言い出さない限り、手は出さない。 したくなったら――つまり、深津が誘え、と言外に伝えたのは正確に伝わったようだった。 抱きしめた腕を、背中で指を合わせるようにして輪にしてその中に囲った深津を覗き込み笑う。 「ん? それでも駄目か? 許して・・・くれない?」 「・・・あ、え、・・・っと、あの、」 「キスも、駄目かな・・・傷に響く?」 「・・・・・・・航さんっ」 腕の中で、赤らめた顔で怒るのは、今度は違う理由だ、とはっきりと解る。 けれど止めるつもりはない。 諌めるように見上げてくるのも、目を細めて返すと、躊躇った後で小さく頷かれた。 「・・・深津」 「・・・んっ」 囁いて顔を寄せると、待っていたように目を閉じる。 ――まったく甘いな。 航太郎はその甘さを確かめるように口付けを深くしながら、本当に自分に甘い深津に笑ってしまいそうだった。 けれどその笑みは、腕の中に深津がいる喜びにすることにして、恨めしそうに見上げてくる視線もしっかりと受け止めた。 |
fin.