| *この作品は未来淳良様のHP「小説工房未来亭」内にあります「Classic ROSE」に連載されている 「気絶するほど悩ましい」とリンクしています。 時間軸は、 気絶〜1 → 気絶〜2 → 気絶〜3 → 棘 → チェリー → 気絶〜4 → 蜜 → 気絶〜5 の順に進んでいます。 バラ色のチェリー 「先生の髪、切ったのか?」 退院を明日に控えた夕方、仕事を早く切り上げて連日見舞いに来てくれる航太郎はその部屋に入ったとたん、そう切り出した。 ベッドの上に座っていた深津は、いつものように動けず時間のかかったことを思い出し頷いた。 「はい・・・途中で、放り出していたので。まだ退院は無理だって言われたのですが、やはり、あのままにしておくのは――」 深津の我儘を押し通してもらう形で、この無駄に広い特別室とういう場所を使ってカットの続きをさせてもらったのだ。 痛みや麻酔で朦朧としていたものが、時間をかけて晴れて改めて中途半端な自分の仕事を見てどうしても放ってはおけなくなったからで、長時間立ち続けるのは感心しない、と深津を執刀してくれた綺麗な外科医でモデルの相手は顔を顰めたけれど、何度も頼むとしぶしぶと了承してくれた。 しかも、深津を本当に気遣ってくれたのか、椅子に座らず床にしゃがみ込んでくれたのだ。 たかが盲腸というだけでこんな部屋にいるのはどうか、と思ったけれどこの際それを利用させて貰ったのだ。 自ら膝を降ろしてくれた相手に恐縮しながらも、深津は海に頼んで持ってきてもらった手に慣れた仕事道具でいつものようにやり遂げることができた。 「伊集院さんに、会ったのですか?」 でなければ深津が仕事をしたとは気付かないはずだ。 広いベッドで、足を伸ばし背を凭れさせた深津の傍に腰を下ろした航太郎は笑って、 「ここに来る途中で、丁度会った。先生、忙しそうだったな。本当に名医なんだろう、まだ痛いか?」 深津の脇腹に視線を向けてくる。 航太郎はこの一件以来、深津が担当していた相手に会うことも話題に上ることもあまり好ましく思っていなかったけれど、「先生」と呼び名を決めてどうやら落ち着いたようだった。 深津の担当医であるから、確かに先生なのだけれど、もともとは深津の担当する客という相手で――その変化に深津は思わず顔を綻ばせてしまう。 「いいえ、もう全然。むしろ、こんなことくらいで伊集院さんの手を煩わせてしまって・・・」 申し訳ないくらいなのだが、しかもついにこの部屋に居続けてしまったのだ。 一般病棟でいい、と言うのにもう面倒だから、と押し切られたのと、周囲を気にしなくてもいいから、と航太郎にも賛同された。 「それが仕事だろ・・・でも、これは余計な気を遣わせてしまったかもしれないな」 「これ?」 深津は言われて初めて、航太郎の手に小さな箱があることに気付いた。 「少し早いけど、退院祝いと――仲直りのお祝いに、と」 「え?」 言われて、深津はケンカしていたことも全て筒抜けだった、と言うことを思い出した。 思わず顔を赤くしたけれど、丁寧な包装を解いた航太郎の手許を見てそれも固まってしまう。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 桐箱に入った綺麗に輝く、艶のあるそれは――さくらんぼだった。 といっても、スーパーで買うようなものではない。 産地から直接届けられたしかも一目で高い、と見えるそれだ。 このさくらんぼに対して、お互いに言葉を切ってしまったのはそれぞれに思うことがあったからで、航太郎がちらり、と深津を覗き見た視線で深津は反射的に顔を顰めて、 「航さん――?!」 「いや、俺は何も言ってないぞ?! 普通に、季節の果物の、見舞い、だと思うが」 「本当に?!」 言葉を誤魔化すような航太郎に、いつもより疑ってしまうのはケンカをする前に、航太郎がさくらんぼを大量に購入してきたことがあるからだ。 さらに、手術後航太郎がどうして深津の病室にいるのか、と問い詰めれば、 「出勤してきた先生に頼んで入れてもらった」 と口端を持ち上げただけの笑みで答えられる。 後で聞いたことだけれど、この特別室は二つあって、もう一つはいまテレビで騒がれている政治家が入っているらしい。 そのお蔭で深津の部屋の回りも厳戒態勢だった。 航太郎が居てくれたことがとても嬉しかったけれど、その笑みを見ればその言葉通りなのだ、と簡単に頷けるものではない、ともう深津は知っている。 いったいどんな頼み方をしたんだ、と問い詰めたい気もしたけれど、どこか聴きたくない気持ちもあってそのまま触れないでおいた。 その航太郎が、貰ってきたのがさくらんぼである。 深津もそれ自体は好きなほうだし、あればあるだけ食べるものだと思う。 けれど航太郎が興味を持ったのはその食べられない――蔕の部分で、口の中で器用に転がして、吐き出したそれは綺麗に結ばれていた。 すごい、とそのときは感嘆の声を上げたけれど、航太郎はそれだけでは終わらなかった。 深津にも、してみろ、と蔕を差し出してきたのだ。 出来ない、と言ってもなかなか引き下がらず、しかも練習用に、と蔕だけは沢山ある。 今深津も食べたのだからそれは充分に知っていた。けれどどうしても嫌だ、と拒んだものだったのだ。 深津にしてみれば、どうするのかまず解らなかったし、もし出来てしまってもなにか落ち着かない気持ちになるような予感があった。 さらに、航太郎に言ってないけれど昔友達とこれは試したことがあるのだ。 一番上手く早くしたのが今も仲の良い辰彦で、深津は結局最後まで出来なかった。 あまり良い思いでもないそれを蒸し返された気分で、拗ねた顔のまま顔を伏せると、唇に熟れたそれが触れる。 「ん?」 顔を上げると、一つ摘んだのを深津に差し出す航太郎が笑っていた。 「好きだろ? 有難く、頂こうぜ」 「・・・航さん、でも、」 「もう、あんなのしろって言わないって、素直に、食べろよ」 「・・・・いただき、ます」 おずおずと唇を開けて、差し出されたそれを受け入れた。 航太郎の指が唇に触れて、ぷつん、と実と蔕を千切る。 目を細めた航太郎に気付くことはなく、深津は頬張ったその美味しさに驚いた。 「甘い!」 大きな実は、本当に口の中で溶けるように美味しかった。 食べ終えた種を口から出そうとすると、その手を取られて代わりに航太郎の手がまた唇に触れる。 「こ、航さん、自分で・・・っ」 「いいから、出せよ。病人はなにもしなくて、いい」 「・・・・っ」 盲腸は病気なのだろうか、と思い、さらにもう痛くもないのに、と深津は躊躇ったけれど、優しく触れた手に拒めるはずがない。 真っ赤になった顔を隠すことも出来ず、舌先で口からその手に押し出そうとして、その瞬間に唇を塞がれた。 「ん・・・っ」 不意打ちだ、と怒ることも忘れるほど、甘く優しいキスだった。 深津は潜り込んできた舌に種を転がすようにされて、久しぶりの口付けに頭の奥がじん、と痺れた。 「ん、は・・・っ航、さ・・・」 「甘いな」 唇を離されたとき、気付けば深津の口の中にもう種はなかった。 「・・・航さんっ」 自分の口から種を取り出した相手を睨みつけても、全く効果はないのか微笑み返されただけで深津は怒るに怒れなくなってしまう。 むしろ気持ち良かったそれに、怒っていいのかすら迷ってしまう。 「なぁ?」 その深津に航太郎は伺うように、 「・・・どうして、これ、嫌いなんだ? ただ――嫌?」 実のなくなった蔕を指先で弄びながら聞いてくる。 深津はその視線に純粋な疑問だけで、裏などないように思えて戸惑ってしまう。 素直に聞かれれば、答えないことなど出来ない。航太郎に、勝てるはずがないのだ。 「あの・・・だって、僕・・・・出来ないので」 「・・・結ぶのが?」 「・・・昔、辰彦たちとしたことがあるんです・・・でも、僕だけ、出来なかった」 「・・・・・それだけ?」 「だけ、です・・・」 たいした理由じゃないな、と深津は改めて思ってしまう。 それなのに頑なに拒んだ自分にどこか恥ずかしさも覚えた。 けれど航太郎はどこかほっとしたようなものを交えて笑って、 「なんだ、それならもう、出来るだろ」 「え・・・っ?」 「出来るよ、深津は」 言い切られて、当人の深津が困惑してしまう。 「あの・・・」 「してみて」 「でも・・・」 「出来ない?」 「・・・・はい」 「なら、教えてやるから」 「え・・・っ」 口開けて、と言う航太郎は深津の返事を待つ前に蔕をひとつ口に含んでそれを押し当ててきた。 「ん・・・っむ、」 「深津・・・舌」 「んぁ・・・っ」 逃げないように、と航太郎の手が優しく頬を包む。 逃げたい、と思わないわけではなかったけれど、その唇に深津は普通に座ることすら出来なくなりそうで慌てて手を伸ばして航太郎の身体にかけた。 そこから重なる唇の合間に、囁くように航太郎がレクチャーしつつ、誘うように舌を絡める。 いつのまにか深津の舌の上にあった蔕は、言われるままになってしまった深津にはどこにあるのかもう解らなくなっていた。 けれど航太郎がしっとりとした唇を離して、 「・・・ほら」 とその舌を出して見せると、そこにはクルリと結ばれた蔕が乗っていて、 「・・・・あ、これ・・・」 自分でしたのだろうか、と見つめると航太郎は次の蔕を実から千切って、 「・・・もう一回?」 確かめてみるか、と囁かれると、深津にはもう逆らうことは出来ない。 結局、桐箱の中身を甘い実も一緒に味わって、その全てを結んで終わるまで続いて、 「出来るだろ?」 本人よりも深津に詳しい航太郎に笑われて、深津はなんと答えていいのか言葉を思いつけず仕方なく拗ねたような顔になりながらも相手を睨んだ。 その甘い時間は特別室だから、と遠慮していた看護士に代わって担当医師が面会時間の終わりを告げるまで続いた。 仕方ない、と腰を上げた航太郎は、ベッドの上でもう倒れこみそうな深津に深く微笑んで、 「・・・先生に、いつから動いてもいいのか――聞いておいてくれよ」 「・・・っ航さんっ!」 もちろんそれが、ただ日常に動く、と言うものではないことは淫靡に濡れた口許が教えている。 ――そんなこと、き、聞けな・・・っ そう赤面しても、医者でない深津は実際いつからなら大丈夫なのか見当もつかない。 本当に聞かなければ解らない、と考えて、そしてそのつもりが充分にある、と自覚した自分に改めて気付いてすでに病室を出て行った航太郎を赤い顔で睨み、途方に暮れた。 ――き、聞かないと、わ、解らないけど・・・っ あの眩しいまでに綺麗な外科医に、そんなことを聞くのか、と深津はすでに疼いてしまう身体を抱えて困惑してしまった。 |
fin.