| Honey Jealousy (2007.3.12ブログ掲載「バラの花束」続編) 舌打ちをされたことに、深津は激しく動揺してしまった。 最近暗い気持ちになるのを抑えて、残業から帰ってきた航太郎を出迎えたと言うのに、その航太郎はここ数日の機嫌の悪さをやはり直さないままで、舌打ちをして深津に咬み付くように口付けたのだ。 「ん・・・っ!」 無理やり舌を絡め取られることに、そして動揺からすぐに立ち直ることなど出来ず、深津は力いっぱい抵抗をしてみせた。 けれど航太郎は玄関先だというのに深津の身体を離さず、荒い口付けが深くなるだけだった。 「・・・っん、ん・・・っ」 全く気持ちの解らないキスに深津はここ数日、溜まってしまった感情が溢れたように涙となって零れて、航太郎と触れ合っているというのに心を支配するのは悲しみだけだという事実にまた泣きたくなった。 「・・・・深津」 ただいま、も言わないままに唇を塞いだ航太郎が、ようやく気遣うような声を上げたけれど深津はもう顔も上げたくない、と俯いてその声に背を向けた。 「深津、」 慌てたような声を跳ね返して、先にリビングに逃げる。 もちろん逃げ切れるとは思っていないけれど、そのリビングで後ろから手を取られてそのままもう一度腕に抱かれた。 今度は慈しむような温度をそこに感じて、どこかホッとしたけれど深津は顔を上げられなかった。 「こ、航さん、どうして――」 「え?」 「そんなに、怒っているんです、僕が・・・あの仕事をしたのが、気に入りませんか? 航さんを怒らせるほど、僕はあのモデルと親しくしてしまいましたか?」 けれどあの時とった行動はどれも仕事で、モデルのためを思ってしたことでもそれ以上の感情など入っていない。 「あの人には、ちゃんと恋人がいらっしゃって、僕なんか目に入ってないですし、僕だってもちろん――」 「深津」 深津の言葉を途中で止めるように名前を呼んで、航太郎は深く息を吐きながら細い身体を抱きしめた。 「違う、お前に怒っているわけじゃないんだ」 「じゃ・・・じゃあどうして、そんなに機嫌が悪いんです?!」 「自分が情けなくて、怒っているだけだ」 「・・・・え?」 「劣等感と言うか――少し卑屈になってしまって、それを引きずっていて、だから・・・お前に怒っているわけじゃない」 「・・・・劣等感?」 思いも寄らない言葉に濡れた目を瞬かせて顔を上げると、泣くなよ、と困ったように笑う航太郎がその目に口付けた。 それからソファに移動して、航太郎は深津の手を握り締めてここ数日の感情を打ち明けることにした。 「お前が仕事してるのを見て、他の誰より劣っていないのを見て、誇らしいと感じながら置いていかれたような気持ちになった」 「・・・・ええ? 航さんが?」 「そうだ、奥先生もお前のことは手放しで誉めるし、ROSEから専属の契約があっただろう?」 「・・・・はい」 「お前の実力をみんなが認めているんだ。それに――あのモデルと並んでいて、深津は見劣りしないし」 「・・・・・はい?」 「おまけに会社のヤツらが――お似合いだなんだ、と陰でこそこそと見て言ってるし」 「・・・・・あの?」 「お前は一生懸命仕事をしているのに、あの時深津は俺のだ、と言いたくて大人気なく攫ってしまいそうだった。その上にあのモデルは深津の手を触って――」 「あれは、手当てをしてくれただけですっ」 「それにしては触りすぎだ」 「あの人は本当にお医者さんで・・・手際もとても良くて、あっという間に包帯まで巻いてくださって、お蔭でどこも汚すことがなくて助かりましたし」 「・・・医者だというのは本当らしい、モデル契約もいろいろ条件があるようだし――」 「・・・・調べたんですか?」 深津は自分の声がどこか低くなったのに気付いた。 まさか航太郎がそこまでするとは思わなかったのだ。 航太郎が答えないのが肯定してしまっているのだが、 「・・・お前を信用していないわけじゃないし、疑ってもいない。ただ、俺が――お前に関して箍が外れてしまってるだけだ」 自分でもその行動を理解しているのか深く息を吐き出した。 「お前が花束を受け取ったとき、場所も弁えず殴ってやろうかと思った」 「航、さん・・・」 「おまけに、毎日あのバラの匂いをさせて帰ってくるし」 「あ・・・っ!」 深津は自分に付いた香りを思い出した。 強烈ではなく、しかしそれでも品良く香るあのバラの傍に一日いるのだ。 匂いが付いて当然だった。深津はそれに今更気付いたように焦って、 「あ、あの、あれは枯れないように、毎日海ちゃんが手入れをしてて・・・!」 切り花にしては、長持ちしているのである。 航太郎は海の名前が出て来た時点で、珍しく嫌そうな顔を見せた。 「航さん?」 「・・・・その海ちゃんからも、メールが来た」 「え?! な、なんでですか? なんて・・・」 「ヤキモチもいい加減にしておかないと、深津狙いの客は多いぞ、と」 「・・・・・・・」 深津は楽しそうにバラの世話をしていた助手を思い出して、頭を抱えたくなってしまった。 「確かに、それは知っているから、俺もちょっと焦って・・・」 「ま、待ってください! 僕は、航さん以外の誰とも――好きなのは、航さんだけです!」 勢い込んで、航太郎に縋るようにしてしまった告白に、聴いた航太郎も言った深津も一瞬動きを止めてしまった。 真っ直ぐに見つめてくる航太郎に、深津は自分が言ったことにうろたえて顔を紅潮させて慌てて手を引いた。 けれど引ききる前に航太郎に掴まれて、 「深津が、好きだ」 ちょっと前に舌打ちしたとは思えないほど甘い声で、囁く。 深津は自分が言った以上に顔を染めて、心臓が痛くなるほどドキドキするのが解った。 「―――って、もう、知ってるか」 改めて言わなくても、と笑う航太郎に、深津は勘弁して欲しい、と心臓が潰れそうになるくらい苦しさを覚えた。 航太郎は熱くなった深津の額に、自分のそれを当てて、 「みっともなく、いつまでも嫉妬するけど・・・嫌いにならないでくれよ」 頼むから、と吐息と一緒に言われて、深津は眩暈がしそうだった。 クラクラした深津に気付いているのかいないのか、解らないけれど、航太郎の手を握って自分の胸に当てて見せる。 「・・・・すごく、苦しいんです、航さんといると。いつか、心臓が壊れそうなほどで・・・あのモデルさんを見ても、格好良いな、と思っても、こんなにドキドキしたりしないです。僕がこうなるのは、航さんだけで―――」 正直に気持ちを伝えている途中で、いきなり顔の角度を変えてきた航太郎に声を奪われた。 「・・・・ん、ふぁ・・・っ」 ちょっと前にしたものと同じとは思えないほど、甘い口付けに深津は今度は抵抗することもなく、 「深津」 流されるままにソファに押し倒された。 小さくなったソファに窮屈に重なって、それでも深津の唇を解放したそれが首筋に何度も啄ばむのに、 「こ、航、さん、ここ・・・じゃ、あの、」 「――――駄目か?」 「だ・・・・めって、言うか、ですね、せっかく、あ、新しく、した・・・んっ」 「うん・・・狭いのは嫌か?」 「い、や・・・・」 「座れば狭くない。お前が上になればいい・・・・嫌か?」 「・・・・い、いや、じゃ、ない・・・です…」 深津が消えそうな声で言った瞬間に、服の下に航太郎の手が滑り込んで来る。 「こ、航さん、航、さん・・・っで、電気、を・・・っ」 リビングで照らされることに、真っ赤になってしまう深津に航太郎は余裕がない、と微笑んで、 「すぐに、解らなく――するから、」 「・・・・・・っ、」 深津はずるい、と拗ねたようになるのも隠すことが出来ず、とりあえず自分で見ていられない、と硬く目を閉じた。 |
fin.