| 幸福とケンカ 「また――派手にやったもんだな」 呆れた様に呟いた辰彦に、深津は怒りも納まらずキッと睨みつけ、 「他人事みたいに!」 言われても他人事だ、と肩を竦める辰彦から深津は目を逸らし、 「もう、航太郎さんなんか――」 キライ、と最後の一言は言うことが出来ず喉の奥で唸った。 友人の部屋に上がりこんで溜めていた怒りを吐き出す様に目の前のクッションを叩きつける。 これが本当に何かに当たることが出来たらもっと楽だろうに、と辰彦は物にすら当たれない友人に苦笑して怒りが納まるのを待った。 ケンカが出来るようになったんだな、と辰彦は後ろ向きで引っ込み思案で、自分に自信も持てずにいた綺麗な友人の成長に密かに笑った。 昔は口ごたえどころか、誰かに意見することすら出来なかったのに、深津は良いほうへ成長した。 それが今回、深津が怒っている恋人の航太郎のお蔭だと知っているから、こうしてケンカをしても安心して見ていられるのだ。 「辰彦!! 笑ってるけどッ辰彦のせいなんだよ!」 「え? なんで?」 ケンカしたときの駆け込み寺となっている辰彦は、この学生時代から続く二人のケンカはいつも甘いだけだと知っている。 だから今回もそのうちどちらかが――航太郎だろうけれど――折れて収まるだろうと楽観していたのだ――が。 この度、晴れて(?)二人は同居することにした。 学校を卒業し、見習いとはいえ社会人になった深津がそろそろ自宅を出る、と決めたのがきっかけだ。 それなら、と航太郎が名乗りを上げないはずもない。 家電製品は一人暮らしをしていた航太郎のものをそのまま使うらしいが、二人で暮らすのだから、と他のものを一緒に決めていたらしい。 例えばカーテン、例えばテーブル、例えばラグ。 新婚だな、と辰彦は呆れたけれど、幸せそうに楽しそうにする二人には何を言っても仕方ない。 甘いだけの毒気にあてられないようにしていたのだが、 「辰彦があんなメール送ってくるから!」 「俺が?」 お互いのことは何でも知っていると言っても、ずっと同じ家で生活するとなれば多少の生活習慣の違いはある。 そこで予め妥協できるところやそうでないところなどをこの際、先に言っておいたほうが、とメールした。 辰彦にしてみれば、良い提案をした、くらいのつもりだったのだが。 「食器の片付け方とか、洗面所や洗剤のこととか、布団の干し方とか――」 最初は、そのメールの内容も尤もだ、と二人で話をしていたらしい。 それを聞かされて辰彦は少々顔を顰めた。 ――ノロケか?! しかし深津は顔を赤くして、 「―――そしたら航太郎さんが! どこまでなら浮気として許すかとか言って」 「・・・・・・え?」 「そんなの! そんなの僕は考えたこともないのにッ航太郎さんはするつもりがあるのかとか思ったらすんごく腹が立って!!」 「へ?」 「僕はキスくらいなら外人さんとかは挨拶ですからって言うと、航太郎さんはどこへのキスまでなら良いんだ、とか言って―――!!」 「・・・・・・・」 辰彦は渋めた顔に手を当てて、グラつくのを押えた。 まったくあの人は、とこっちが愚痴りたくなってしまう。 航太郎には航太郎の考えがあったのかもしれないけれど、こういう駆け引きじみたことにはまるきり免疫のない深津に何故そういうことを、と深々と溜息を吐く。 お蔭で深津は航太郎の部屋を飛び出して、駆け込み寺よろしく辰彦のもとへ来て、未だ収まらない怒りを抱えている訳だ。 呆れたのを隠しもしない辰彦に、また怒ってみせる深津に、 ――だって痴話喧嘩だし・・・ と、早く航太郎が迎えに来ることを願った。 案の定、航太郎は不機嫌さを隠しもしないで辰彦の部屋を訪れた。 帰らない、と強情を張る深津をどうにか玄関まで引っ張って、 「くだらないこと、言わないで下さいよ。全くする気もないくせに」 航太郎がどれほど深津に惚れ込んでいるのかは、深津の傍に居た辰彦には厭と言うほど解かっているのだ。 けれど航太郎はジロリ、と後輩を睨み付けて、 「――これは浮気に入らないって言うのか?」 「は?」 「毎回毎回、どうして深津はここへ来る。俺より本当は――辰彦と暮らしたいんじゃないのか」 「――――――」 辰彦の頭の中を砂嵐が吹き抜けていた瞬間、横から深津が顔を出し、 「そんな・・・ッひどいです! 辰彦は大事な友達なのに! そういう航太郎さんだって、ただの友達って言いながら綺麗な女の人がたくさん――」 「誰も深津より綺麗なもんか」 「・・・・・ッそんなの、言うだけなら・・・ッ」 「本気だ。あんなこと言ったのも、俺は本当は深津がここに来ることすらムカつくからで――」 「僕はっ! 辰彦はただの友達で、僕が好きなのは・・・ッ」 「大事な」から「ただの」にランクが一瞬で下がったな、と辰彦は思いながらも、自分の部屋の狭い玄関の壁に身体を凭れさせて、 「――――あのですね、痴話喧嘩は自分ちでしてもらえませんか」 冷静に低い声を出した。 その冷たさに熱くなって周りが見えていなかった二人はハッと気付いたが、辰彦は呆れをやはり隠さず、 「自分と同じモンが付いてんのは、例え綺麗だろうが勘弁してくださいよ・・・深津がここに来るのはね、確信犯ですよ。絶対迷わず迎えに来るでしょうが、先輩が」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 サッと顔を赤くした深津に、航太郎が気付かないはずもない。 辰彦は苦笑して、 「一人身に、そうノロケを当てる事もないでしょうが。ケンカだろうがイチャつきだろうが、二人っきりでしてくださいね」 誰にも迷惑かけませんから、と辰彦は二人を自分の部屋から追い出した。 辰彦は特定の恋人を作らない。 その過去を知る二人は申し訳なさそうにして帰っていったけれど、幸せそうな二人を見るのは実は嫌いではない。 他人事なら、それほど心を入れなくてすむからだ。 これからきっと、甘く仲直りをするだろう友人と先輩が目に浮かんで、 「・・・・ま、羨ましくないわけじゃないが」 一人呟いた。 このとき、まさか自分が同性を恋人にすることになろうとは、辰彦自身も全く気付いていなかった。 |
fin.