| 妥協案 冷蔵庫を開けると、ちょうどビールが切れていた。 さっき仕事から帰って、今お風呂で汗を流している航太郎を思い、深津は財布を手に取る。 コンビニまで歩いて5分。 往復すれば約10分。 少し急げば、航太郎が上がってくるまでに間に合うはずだ。 深津は思いついた勢いのまま、玄関を飛び出した。 コンビニで買ったのは、少し高めだけれど航太郎の好きな銘柄のビール。 とりあえず六缶のセットを買って、深津はほっとしてコンビニを出た。そして足を止めた。 「・・・・航さん?!」 「ん?」 コンビニを出た歩道のガードレールに、洗いざらしのシャツとパンツで腰掛けた航太郎がいたのだ。 お風呂に入っていたはずだ、と慌てる深津に、航太郎はなんでもないように立ち上がり、 「多分ここだろうと思って、追いかけてきた」 「だ・・・って、航さん、お風呂・・・」 「もう上がった」 見れば、まだ髪は濡れていて乾かしてもいないのだろう。本当にそのまま出て来た格好だった。 汗を流して上がってみれば、深津がいない。 冷蔵庫を確認してビールのないのを見れば、その深津がどういう行動に出るかはすぐに分かる。 「風邪引きますよ!」 怒って睨んで見せても、航太郎には全く通じてはいない。 心配半分なのと、嬉しさ半分なのがバレてしまっているからだ。 家路に足を向けながら、 「最近、デートしてなかったと思って」 航太郎がさらりと出した言葉に、深津は染まった頬を隠そうと顔を俯かせて、 「・・・で、デート、って、」 「短い距離だけど、たまにはさ」 こうして並んで歩くこともいい。 曇りのない笑顔で、航太郎はその左手を差し出す。 深津は自分の手を見て、コンビニの袋を確認してから、 「あ、いいです。これくらい平気です」 両手でそれを握り締めた。 航太郎は苦笑して、 「・・・・それもいいけど、そうじゃない」 「え?」 「手」 「て?」 「ん?」 笑顔で押されて、深津は広げられた航太郎の手と、自分の手を見る。 そしてそれが何を求めているのかを理解して、 「・・・あっ、で、でも・・・っ」 夜の闇に包まれた住宅街は、街灯と家の明かりでほのかに明るい。 深津はそれを首を巡らせて、周囲に同じようにコンビニから出て来た人も見えて、小さく首を振った。 けれど航太郎は深津の視線を追って周囲を確認して、 「大丈夫だろ? 誰もそんな気にしてない」 「・・・・・気になり、ますっ」 「そうか?」 「そう、ですっ」 「じゃ、妥協案」 「・・・え?」 航太郎は抱きかかえるようにしていたビニールの袋を深津から奪い、取っ手を片方、深津に差し出す。 「これならいいだろ?」 受け取ると、買ったばかりのビールが二人の間で揺れた。 「帰ろう、湯冷めする」 ならば家で待っていればいいのに、という言葉はついに深津の口からは出てこなかった。 二等分されて軽くなったはずのその重みが、何よりも重く大事に感じられて深津は自覚なく口許を緩ませて視線を落とし歩いた。 その笑みに航太郎は自分も嬉しくなってしまうのを隠しきれず、夜道を二人で歩いた。 コンビニまで歩いて5分。 間に揺れるビール。 いつもより知らず歩調を緩めてしまうことに、気付かないまま家路についたのだった。 |
fin.