| 電波に乗って 「すっごく面白かったです! 私もあんな風に連れ去られたい! ねぇ、深津先生?!」 「え・・・っあ、うん、そうだね、面白かったね。とても、素敵でした」 そのワンシーンは、時間にすると約2秒。 けれど周囲の話題を引き上げるには充分のものだった。 航太郎がそれを見たのは昼休憩の社員食堂だった。 食堂、と言っても開放感溢れた室内は女性受けするようにインテリアも小物も気を遣っていて、半数以上を占める女性社員の好みにとてもあったカフェに近かった。 そこの壁に駆けられている大画面の液晶テレビは、基本的に民放放送を映さない。 けれど会社が関わったものに関してはCMだとしても時折流れているようで、このときもその理由だったと航太郎は記憶している。 映画の試写会で、見終わった客に感想を求める取材陣が、いったいどういう根拠で相手を選んでいるのかは解からないが、やはりCMを見て興味を惹く感想を言ってくれそうな人間や目立つ相手になってしまうのだろう。 この映画に会社が協賛している、と航太郎は知ってはいても、現場で働く社員にはあまり関係のないものに近かった。 一応の内容は航太郎も知っていた。 かなりベタだ、と思われる恋愛もので、最後に結婚式場から花嫁を連れ出しハッピーエンド――と言う、ブライダル関係者に取ってみればあまり嬉しくはない結末なのだが、一般にはそれは憧れの象徴になる終焉なのかもしれない。 その画面に、食堂の中がざわり、と揺れたのも航太郎は気付かなかった。 コーヒーカップを手にして、もはや違う相手の映っている画面を呆然と見詰めて固まってしまっていたのだ。 「あっれー? 今、奥先生とこの・・・長谷川さんじゃなかった?」 「お前の後輩の、だろ?」 同僚で同期の二人が、同じものを見て航太郎に確かめる。 返事はなくても、驚いて固まった航太郎を見れば二人は納得したようだ。 「テレビ通しても、相変わらず綺麗だったな」 「なんか、カメラマンの視線がすげ向いてたな」 助手をしている女の子と映っていたにも関わらず、最後の深津の言葉ははっきりとカメラに向かって微笑んでいた。 航太郎は言われなくても脳裏にしっかりと焼きついた笑顔を思い出し、 「―――聞いてない」 不機嫌な態度を隠しもしないで手にしていたカップをどん、とテーブルに戻した。 中身が溢れて零れても、航太郎はそんなこと、とまったく気にならないようだった。 とりあえず脳裏にある笑顔が、離れなかったのだ。 深津は先日から、必要以上に笑顔が引きつっていた。 その原因はもちろん、先日海と見に行った試写会で直後に受けた取材のせいだ。 「深津先生、映画見ましたよ」 「先生になら、私も攫われたいわ」 「本当、素敵でしたね」 深津の店に来る客は、だいたいが店舗の場所からいって会社勤めの女性客が多い。 未婚の女性がほとんどだからか、放映されてしまったCMを見て映画を見た、と言ってくれる客が多いのだ。 けれど映画の感想を言うのなら深津へ言うのはどうも違う気がする。 深津はただ、海に誘われて見に行った試写会であって、実のところ海ほど感激しなかった。 主役に放置されてしまった「結婚式」が、後で大変だろうなぁ、と航太郎の仕事を思い浮かべてしまったのだ。 けれどその後で、ラストに主人公達が幸せになったのは本当に良かった、とも思えたので当たり障りのない感想を述べただけだった。 しかもほんの一瞬しかテレビには映らない、と知っていたのでここまで連日声をかけられるとどうも落ち着かない。 深津は休憩の合間に、 「海ちゃん、あのCMって・・・そんなにたくさん、流れているわけじゃないよね? それに、使うかどうかも解からないからって、取材の人言ってなかった?」 海はおやつに、と持ってきていたポッキーを咥えつつ、 「先生ってば! 本気でそんなこと信用してるんですか?!」 「え・・・っな、なにが?」 「先生があんな顔で笑ってて、あの人たちが使わないわけないじゃないですかー!」 「そんな・・・」 どういう意味だ、と深津が困惑するのに、海は何も気にしないように、 「まあ永遠に流れるものじゃないし、今はブームに乗ってるだけですよーすぐ消えちゃいますって」 「ブーム・・・?」 いったいなんの波に乗っているのだろう、と深津が首を傾げたところで深津の携帯電話が鳴り響いた。 相手は深津の師である奥だった。 相手はCMを見た、と思わず録画したわ、と始終笑い飛ばしていた。 「先生・・・」 深津が溜息を吐いたのは、そんな取材を受けたことも航太郎には一言も言っていなかったからだ。 ――こんなに、皆に言われるものだって・・・知らなかったから 試写会後の感想CMというのは、今や一般的に流れていて誰もそれを気に止めるものではない。 だから深津も必要以上に考えてはいなかったのだが、 「航さん・・・見たかな」 ポツリと呟いたのは、誰にも聞かれることなく深津の口に消えた。 「ただいま」 深津が家に帰ると、玄関にはすでに帰宅者の靴があった。 「航さん?」 相手を探してリビングに入ると、ソファに座ってテレビを見ている航太郎が居た。 普段、好んでテレビを見る習慣がない航太郎だ、と知ってるから深津は訝しんで首を傾げた。 「航さん・・・?」 「・・・・お帰り」 ちら、とだけ見た航太郎の視線は、不機嫌なものをはっきりと見せていた。 深津は何故かその理由がすぐに解かって、慌てて航太郎の側に近寄る。 「あの、航さん! あのですね、この間、海ちゃんと試写会に行って・・・」 「見た」 「え?」 「・・・会社で、見た」 何を、と聞き返さなくても解かる。 「うちが協賛してるんだ」 会社で流された理由をさらりと話し、けれど視線はテレビ画面に釘付けだった。 その画面は何か面白いものが映っているわけではなく、航太郎はリモコンを手に頻繁にチャンネルを変えている。 「航さん、なにを・・・」 「探してる」 「え?」 「あのCM」 どうして、と深津は溜息を吐きながら、 「あの・・・航さん?」 「なんだ」 「どうして・・・怒ってるんですか?」 黙っていたことは悪かったけれど、取材を受けたときに使われるかどうかは解からない、と言われていたし、それに一瞬の感想だけのシーンなのだ。 それにどうしてここまで不機嫌になるのかが深津には解からなかった。 航太郎がテレビ画面から深津に視線を移した瞬間、タイミング良くそのCMが始まった。 何人かの客の後で、やはり深津と海も一緒に流れた。 「・・・・・・・」 あまりのタイミングに深津も航太郎も思わず見入って、声を失くす。 CMらしく、すぐに違う画面に変わると航太郎は深く溜息を吐いて、 「こんな顔を・・・」 「え?」 「全国に流れたんだぞ?」 「え・・・はあ、まぁ、そうです」 「俺のなのに!」 「え?」 「いったい誰に向かって笑ったんだ」 「・・・・・・」 深津は怒っている、と言うよりも拗ねているような顔を隠さない航太郎に驚いて、それから呆れた。 ソファに座る航太郎の前に膝を付いて見上げている深津を気にもせず、航太郎は憤然と誰かに向かって怒り続ける。 「しかも素敵だって、お前それは、本当は他の誰かに――あんな風に攫って欲しいのかよ」 「・・・・航さん」 眉間に皺を寄せながらも、口を尖らせる姿はどこか子供っぽい。 その仕草が深津の笑みを引き出して、 「なんだ、航さん、そんなこと・・・」 怒りの原因を知って、深津は安堵したように微笑んだ。 それはついさっき電波に乗って流れたものと変わらない、視線を惹きつけるものだった。 「そんなことって、お前」 「だって、航さんなんですけど」 「え?」 「あの時、僕が思ってたの・・・航さんですよ」 「え、え?」 「あんな風に、航さんが連れ去ってくれるなら・・・僕もやっぱり、何もかも捨てても良いと思います」 主人公だった女性に想いを合わせる。 「み、深津・・・」 驚きつつも、滲み出る嬉しさを隠し切れない航太郎に、深津は少しだけ顔を顰めて、 「でも、こういう状況になるの、僕より絶対航さんのほうだと思いますけど」 「え?」 「僕はしませんけど、航さん、無理やり誰かと結婚させられそうになりそう・・・」 「は? あるわけないだろ?」 「でも・・・でも、そうなったら、」 「深津?」 「僕、攫いに行きますからね」 真剣な顔で言われて、航太郎は驚いた後で押えきれずに笑ってしまった。 「あ、笑い事じゃないですよ?!」 「ったく、深津・・・敵わないな」 「航さん?」 少し笑ってから、航太郎は柔らかな視線を深津に向けてその手を取る。 「深津が、攫いに来てくれるのか」 「・・・・はい、逃げてくれますか?」 自分で言っておきながら、少し心配になったのか眉を下げる深津に、航太郎は当然だろ、と触れた手に口付けた。 「楽しみだな」 そんな未来なら、あってもいいかな、と二人は額を合わせて微笑んだ。 |
fin.